INTRODUCTING ARTISTS

Tomoharu Murakami

村上友晴

終戦直後の東京の国立博物館の裏庭や展示室を子供時代の遊び場にしていた村上は、長谷川等伯の作品に惹かれ、水墨画を学ぼうと東京藝術大学の日本画科に入学。 ところが、岩絵具を駆使して制作する当時の日本画の新しい表現方法に馴染むことができず、次第に日本顔料と油絵具を混合した絵具を素材とした黒一色の抽象表現へと傾倒していきました。転換の決定的なきっかけとなったのは、1964年に開催されたグッゲンハイム国際賞展へ招待参加時にアメリカ抽象表現主義の画家たちの絵画の巨大さと堅牢さを目にしたことでした。これに衝撃を受けた村上は、日本画の技法を捨て、大きなキャンバスに黒色の下地を塗って、その上に黒色の絵具を塗り重ね、少しずつ盛り上げて厚い表面を作っていく新しい手法に転換し、自己の理想とする黒色の絵を完成させることに傾注していきました。 村上の絵画作品は多くの場合、漆黒や赤色を中心とした色彩で画面全体が覆い尽くされた構成です。キャンバスの作品には木炭の粉末を混ぜて油分を減らした油絵具をナイフでキャンバスに塗り込んでいく手法が用いられています。 一方、紙の作品では、本来親和性に乏しいアクリル絵具と油性の絵具が併用され、アクリル絵具は絵筆で、油絵具はナイフで塗ることで、それぞれに重ねられた絵具の微妙な相違が画面に奥行きを与えています。 いずれも、時には一点の作品に数年の歳月をかけて制作されることがあります。 一時期は作品を世に発表しない時期が続き「余分な計らいを捨て、まったく『自然』になりきった時、逆に全てを含んだ深いものが現れてくるのではないか。」と考えるに至った村上は、自分を厳しく律する修道士のような生活をするに至り1979年にカトリック教会の信徒となった。修道院の生活に倣って、深夜に起床し、日の出まで絵画を制作すると、教会へ朝の祈りに行き、食事と昼寝を挟んで夕べの祈りまで制作を続けて就寝する生活を送っています。こうした村上の長い時間をかけた手仕事の積み重ねによって完成する作品においては、自己表現を核心とした近代美術は完全に変容しており、そこに現れてくるものは、神への祈りにも比せられる無私の行為によって触れる「永遠」であり「無心」であり、人間が生涯をかけて到達しようとする崇高な精神性への過程が刻まれているといえるでしょう。 村上友晴は、自己表現としての我を捨て去り、神に祈り、神と向き合うかのように、絵画制作と向き合っているという。

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