ヴォルス
Wols
ヌードの花、サルトル『食糧』のために

ドライポイント、エンクレーヴィング Drypoint,engraving

12.3×10.0cm

Frame:39.0×30.0cm

SOLD
  • ヌードの花、サルトル『食糧』のために
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作品状態は良好です。
サインなし。作品に「epreuve dartiste」と記載、裏にATELIER WOLSのスタンプ。

額装:新品

ABOUT ヴォルス

ヴォルスは、1940年代半ばから50年代にかけてフランスを中心としてヨーロッパ各地に現れた美術の動向である「アンフォルメル」の画家と見做されています。

アンフォルメルは抽象表現主義の一種で、絵具を激しく盛り上げたり、叩きつけたりする、文字どおり「形体を失った」ような描き方で、人間自体に対する否定を含んでいると言われています。その影響はヨーロッパ、アメリカ、日本にまで及びました。中でもヴォルスの作品は、不安げな中にも詩的な美しさがあるのが特徴で、繊細でロマンチックながらもボヘミアンとして生涯を送らざるを得なかった彼そのものといった印象を与えます。

BIOGRAPHY

ヴォルスは1913年に裕福なプロテスタントの家庭の子息としてドイツ、ベルリンで生まれました。本名はアルフレッド・オットー・ヴォルフガング・シュルツェ。20世紀の主要な美術活動の一つである「アンフォルメル」の中心的画家の一人と見做され、抽象表現主義の先駆者とも言われてますが、彼自身は特定の派やグループに属することは生涯ありませんでした。

民俗学や人類学を学んだり、前衛的な美術教育機関であるバウハウスでパウル・クレーの指導を受けたりしましたが、いずれも短期間に終わっています。ナチスの支配下のドイツを去ってパリに移り、マックス・エルンスト、ホアン・ミロなどの同時代の画家たちと親交を持ちました。フランスでヴォルスはまず写真家として生計を立てようとし、1937年のパリ万国博覧会で公式フォトグラファーに任命。同年パリのレ・プレイヤード画廊で写真の個展を開きました。

第二次大戦が勃発した1939年、ヴォルスはフランスで敵国人として捕えられ、収容所へ送られます。この頃から本格的に水彩画の制作を始め、1945年、パリのルネ・ドルーアン画廊で個展を開催。ようやく美術家として評価されるようになります。20世紀フランスを代表する文化人である哲学者サルトルは、ヴォルスの作品を高く評価し、作品の挿絵を依頼。1947年にはドルーアン画廊で第2回の個展を開催しました。ヴォルスの画家としての名声は次第に高まっていきましたが、アルコール中毒により健康は次第に悪化。1951年、食中毒を起こしたことが元で死去。38歳の若さでした。

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