起立 礼 着席
壇上から、生徒が椅子に収まるのを確認した教師が、黒板に向きあう
「席に着く」アクションを合図として、教授と学習の営みが始まる
これは椅子が登場するひとつの場面に過ぎませんが、「椅子」の存在そのものを考えたとき、その意味や象徴性の多様さに気づきました。
アートの文脈で椅子について考える
現在、埼玉県立近代美術館で開催中の「アブソリュート・チェアーズ」展は、アートの視点で捉える「椅子」がテーマの展覧会です。(既に終了してます)
同館は、開館当初から名作デザインの椅子を館内に設置し「椅子の美術館」として親しまれています。しかし今回の「アブソリュート・チェアーズ」の展示会場内に名作チェアの姿はありません。機能性やデザイン性が重視されるプロダクトとしてではなく、アートの文脈から紐解く椅子。国内外28組のアーティストによる80余点の作品が、以下5章の構成で紹介されています。
第1章 美術館の座れない椅子
第2章 身体をなぞる椅子
第3章 権力を可視化する椅子
第4章 物語る椅子
第5章 関係をつくる椅子
その中から気になった作品をいくつかピックアップします。
第1章
マルセル・デュシャン「自転車の車輪 」(1913 / 1964)
陶製の男性用便器をひっくりかえして「泉」と題しサインをつけた問題作でアートを思考の領域に持ってきたデュシャンの最初のレディ・メイド作品。木製のスツールに自転車の車輪が逆さまに取り付けられている。「自転車の車輪」もまたオリジナルは消失しているのでレプリカ。キュレーションの意図が伝わる展示の始まりに相応しい作品だと思います。
草間彌生 「無題 (金色の椅子のオブジェ) 」(1966)
金色の柔らかい突起物で覆われた、座るものを拒む椅子。突起物は増殖する有機物にも見える。草間の強迫観念が、視覚だけでなく、座ることを想像して触覚にまで及んでくる作品。江戸川乱歩の小説「人間椅子」読後のような身に迫る落ち着きなさを感じます。
第2章
工藤哲巳「愛」(1964)
社会や人類に向けて痛烈なメッセージを込めた身体的パフォーマンスやオブジェで知られる工藤。ハプニングの先駆者。1962年にパリに渡った工藤は西洋社会に存在する偏見や迷信、誤解について批判的に論じています。「愛」は西洋社会への警鐘として制作された作品の一つです。退化した肢体はとうになく、肥大化した頭部だけが椅子に鎮座し口づけを交わしています。毛髪の散らばった頭部が生々しく、愛に執着する様をグロテスクに表現した立体作品です。
第3章
アンディ・ウォーホル「電気椅子」(1971)
ウォーホルは電気椅子の作品をいくつも残しています。1964年の小さな電気椅子から1967年の大きな電気椅子まで。大量消費社会をテーマにする一方で、自殺や事故、暗殺など死をテーマに取り組んでいました。第3章は、社会的文脈の中において捉えることのできる作品が並びます。
第4章
石田尚志「椅子とスクリーン」(2002)
ドローイング・アニメーションという、線を一コマずつ描き、撮影を繰り返す手法で作られた映像作品。揺らめくイメージが展開されていく画面の中で、唯一不動の椅子の存在が際立つ。実在とイメージが重なり合って、終盤に空間を超えていく様はカタルシスを感じます。
第5章
檜皮一彦「walkingpractice / CODE: Evacuation_drills [SPEC_MOMAS]」(2024)
参加者とともに車椅子を目的地まで運搬するプロジェクト「walkingpractice」を各地で開催。映像では、荒川河川敷から7キロ先の埼玉県立近代美術館へ向かうことを目指しますが、道のりの途中でハプニングや困難に出会い、話し合い、協力をしながら進んでいく様子が車椅子、参加者の両者の目線で捉えられています。極力、編集や加工をしていないような映像が、鑑賞者を自然とその場に同行させます。
オノ・ヨーコ「白いチェス・セット / 信頼して駒を進めよ」(1966 / 2015)
チェスはどちらも白く塗装されていてゲームを進めるうちに敵味方の区別がなくなっていく−−これは、オノヨーコの平和への願いが込められた作品です。 実際のプロ棋士なら記憶してトレースできるのでしょうか。 訪れたのは日曜日とあって叶わなかったのですが、平日なら実際に椅子に座ることができたようで残念でした。体感できるともっとイメージがしやすくなります。
上記のアーティスト以外にもフランシス・ベーコン、ハンス・オプ・デ・ビーク、ジム・ランビー、宮永愛子、高松次郎 など見どころが多数。私たちにとって身近な椅子もアーティストにとっては魅力的なモチーフのようです。
さて、冒頭の教室のシーンに話を戻します。
着席の合図とともに教師が教鞭をふり生徒は新たな学びを得る、そんな活発な場になり得るでしょうか。
もし、座席に収まるはずの生徒の姿がなかったら、と想像してみます。
ボイコットや、流行りのウイルスで、席はがらがらかも知れません。
机と違い、椅子は基本1人に一つ、数の象徴として捉えることができます。
教師はそこに何を見ますか。 空っぽの椅子は不在者の証明でもあるのです。
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展覧会情報(既に終了)
「アブソリュート・チェアーズ」
開催期間:2024.2.17 sat - 5.12 sun
開催場所:埼玉県立近代美術館
「織田コレクション 北欧モダンデザインの名匠ポール・ケアホルム展 時代を超えたミニマリズム」
開催期間:2024.6.29 sat - 9.16 mon
開催場所:パナソニック汐留美術館
「椅子とめぐる20世紀のデザイン展」
2024.2.29 - 3.18 日本橋髙島屋S.C. 本館
「ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで」
2022.7.16 - 10.16 東京都現代美術館
「フィン・ユールとデンマークの椅子」
2022.7.23 - 10.9 東京都美術館
TAKEUCHI COLLECTION「心のレンズ」
2023.9.30 - 2024.2.25 WHATMUSEUM
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デザインとアートの親密な関係
椅子の展覧会と聞いて記憶に新しいのは「椅子とめぐる20世紀のデザイン展」(日本橋髙島屋S.C. 本館)、「ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで」(東京都現代美術館)、「フィン・ユールとデンマークの椅子」(東京都美術館)等でしょうか。いずれも名作家具の紹介とあって人々の関心も高い人気の展覧会でした。
TAKEUCHI COLLECTION「心のレンズ」(WHATMUSEUM)は、コレクターが収集した現代アートと家具のコラボ展示で、先に挙げた展覧会同様、一部実際に座わることのできる趣向が、展示空間を心地よく楽しむ好体験を与えてくれます。今年の6月にはパナソニック汐留美術館でデンマークの家具デザイナー「ポール・ケアホルム展」が予定されており、国内美術館初の展覧会とあって期待が高まります。「アブソリュート・チェアーズ」は「椅子」をデザインではなくアートの視点から考察するという画期的な展覧会でしたが、WALLS TOKYOでは、デザインの視点を持ったアート作品をご紹介します。
小山泰介
untitled (split Fence)
Untiled (Curve)
ヨゼフ・アルバース
Formulation:Articulation #2441
Formulation:Articulation #2440
ヴィクトール・ヴァザルリ
Pousta
text: tomiko mabuchi
本コラムは、2024年5月9日付のニュースレターで配信された内容に一部修正を加えました。
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