Ryts Monet「Air From Another Planet」2023 ソ連宇宙ミッションに関連する記念切手,カッターマット,アクリル板
映画『関心領域』(原題:The Zone of Interest)は、第二次世界大戦中の1945年、アウシュヴィッツ強制収容所に隣接する屋敷に住む一家を描いた作品です。
美しい庭のある瀟洒な家で暮らす収容所の所長と、その家族の日常に、絶えず侵入する「音」と「光景」が存在します。「音」とは、機械の稼働音、悲鳴や怒号、銃声であり、「光景」とは、稼働し続ける焼却炉の灯りや煙です。
2024年5月に日本で公開され、SNS等中心に口コミが広がり話題となった本作は、観客が作品に取り込まれる感覚を味わう”体験型”である点が、同テーマを扱ったこれまでの映画とは性質を異にしていると感じます。
体験へと導くのは 音響と視点 この2つの要素にあります。
1つ目、音響はこの映画の肝となっています。
音響エンジニアは、1年をかけてアーカイブ資料から収容所の出来事を研究したとあります。どの地点で何が起きていたかを入念にリサーチし、町中で音を採集するなどし、音響空間をデザインしています。
音響は観客を"その場"にいさせる装置の役割を果たしました。音響装置によって観客はタイムリープを起こし、その空間に強制的に誘われる。目を瞑っても遮断されない耳からの情報に逃れる術がありません。監督が意図したように観客は居心地の悪さを感じ「共犯者」になるよう仕向けられます。
2つ目は、視点のあり方です。
感情的な表現を用いず定点カメラによる冷めた視点で、そこで起こる事象を本作は丹念に捉えています。マルチカメラシステム(複数の無人カメラを演者から隠して設置)による撮影は、登場人物など、特定の誰かの一方的になりがちな視点を極力排除し、あくまで「鑑賞者」に思考を促していました。
こうした解釈を委ねられた状況では、残虐な題材を扱っているにも関わらず、観る人によっては退屈を感じてしまう恐れがあります。ここでいう退屈というのは日常における慣れの感覚に近いものです。最初は違和感を感じた音にマスキング機能が働いて平常とみなす行為は、常日頃行っていることです。
ただ、映画館に足を運ぶ時点で、ある程度テーマに関心を持っている人が集まっていると想定できますので、慣れを意識した途端に、自身への警告や恐怖が訪れることも本作の意図に沿った反応を示していると言えるでしょう。
”関心を持っている観客層”の偏りもまた『関心領域』が炙り出す問題提起の一つだと感じます。
さて最後に、アウシュビッツを題材にしたドイツの現代美術の画家・ゲルハルト・リヒターの《ビルケナウ》*について少し触れておきたいと思います。
直接的な残虐行為は描かれていないため、鑑賞者に想像することを迫る『関心領域』のように、リヒターの抽象絵画もまた表面的には見えない部分を鑑賞者に想起させます。
また、過去のできごとで留めておかないためのアプローチも両者に見られます。
『関心領域』では、日常の中に埋没し見過ごされていく慣れという行為にアラートを鳴らしました。 リヒターは、絵画の完成直後、同一のサイズでデジタル複製を作成し、オリジナルと複製を向かい合わせにして展示をすることで、オリジナルを”記念碑”に捉えられることを回避しているように思えます。さらに近年では鏡でつくられた作品をあわせて展示空間に配置するようになりました。作品と観客が鏡に映り込む、その現場でもたらされる効果を考えているようです。
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『関心領域』(2023年/アメリカ・イギリス・ポーランド)監督・脚本:ジョナサン・グレイザー
イギリスの作家マーティン・エイミスの小説が原案
* ゲルハルト・リヒター《ビルケナウ》2014 油彩、キャンバス
4点からなる絵画。スキージ(巨大なへら状の道具)を用いて絵の具を伸ばし全面を覆った絵画の下層には、アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所で撮られた4枚の写真イメージが描かれている。
《ビルケナウ》(写真ヴァージョン)2015~2019 ジグレープリント、アクリル
text : tomiko mabuchi
Walls Tokyoでは、リッツ・モネの作品をご紹介します。
世界中で起こる紛争は止むことなく、分断が断片化を生みます。リッツ・モネはその断片を拾い集め、詩人のような身振りで繋ぎ合わせることで不寛容な世界に対し小さな抵抗を試みます。ヨーロッパを中心に活躍するリッツは、日本でも作品を発表しています。
Ryts Monet 「30 x 30 x 30」
2015 古いポストカード 30×30cm
リッツ・モネの作品詳細はこちら
本コラムは、2024年9月20日付のニュースレターにて配信いたしました。
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